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20話 : 新しい自分
達也に連れられて店を出る。
繁華街を歩いて角を2~3つ曲がると
1階がガラス張りで中が見渡せる大きな店が現れた。
どうやら2階建てのビルすべてが美容室のようだ。
店の中央には白くてモードを思わせる螺旋階段があり、
それが2階へと続いている。
中に入ると途端に達也は店員の振る舞いになった。
アシスタントらしき女の子が何か聞くと、短く答えてカウンターにつく。

その仕草は頼もしく、貫録さえ感じさせた。
受付を済ませると颯爽と歩く達也に導かれて例の螺旋階段を上がる。
そこはにぎやかで開放的な1階とうって変わって、落ち着いたラウンジ風の空間になっていた。
エスニックを思わせるブラインドやカーテンが個室を作り出している。
それぞれの部屋には違ったインテリアをおきつつも、全体には統一感がある
なんともお洒落な空間だった。
俺はどうやら一番奥の部屋に招かれるようだった。
達也「いらっしゃいませ~」
さっとカーテンをひくと達也は振り向いておどけてみせる。
達也「いやー、俺友達の髪切るの好きなんだよねえ~」
心底楽しそうだ。
緊張していた俺は少しだけ力を抜くことができた。
俺「いや、でも俺こんな頭だぜ?切りにくいとかあるんじゃないの?」
達也「何言ってんの、こんなの全然ましだよ?」
そういいつつ、達也は手を休めない。
俺を椅子に座らせるとてきぱきと準備を進めていた。
達也「もうすっかり禿ちゃってんのにパーマあてたいって来る人もいるんだから。
美容師はそういうの慣れっこだよ。そういう人が別に変だとも思わないし。」
俺「そういうもんかぁ、」
達也「ハゲとか薄毛とか、気にしすぎなんだよみんな。
そうなったらなったで、それに合ったスタイルで勝負すればいいんだもん。」
俺「いやー、そうはいうけどさ…」
達也「まー、ぶっちゃけ禿ない方がいいに決まってるけどね。あはは。」
俺「おい!」
達也「ごめんごめん。大丈夫だって。とにかく俺に任せてみてよ。」
達也からは「自信」があふれている。
どうせもう禿げているんだし、好きにしてくれ と半ば投げやりな気持ちで身を任せることにした。
俺はぼんやりと鏡を見つめる。
なんだか以前とは別人のようだ。
俺「はあ…」
俺はため息をついて視線を下に向けた。
あまり鏡を見ていたくない。
美幸ちゃんと付き合い始めたころは鏡を見るのが楽しくてしかたがなかった。
お洒落も、遊びも仕事も、自信をもっていられた。
大企業に勤めているわけではないし、給料も人並みだったけど、
それでも最高に楽しい人生を歩んでいると思っていたのだ。
でも今はそんな風に思えない。
服を選ぶのも億劫で、友達からの誘いもつい断ってしまう。
スマホを使うのはもっぱら暇つぶしのゲームをしたり、時間をみたりする時だけで
TwitterやlineなどのSNSを起動することすらしなかった。
何もかも、このM字に薄くなっていく頭のせいだ。
(こんな頭でなかったら、俺は今も…)
暗い考えが頭を支配していく、最近ついついネガティブなことばかり考えすぎてしまうのだった。
達也「お客様、こんな感じでいかがでしょうか?」
達也の声でハッと我に返る。
いつの間にかカットが完成していたようだった。
目を上げると、鏡の中に見たこともない自分がいた。

俺「お・・・俺? 」
達也「思い切ってかなり短くしてみました。」
俺「こんなに・・・」
恐る恐る手を髪に触れる。
鏡の中の自分の手も髪にふれている。
やはりこれは自分自身のようだ。
鏡の中の自分はトップを長めに残したベリーショートになっていた。
M字を必死で隠していた前髪は上を向いて後ろになびいている。
額が完全にあらわになっていた。
その姿はまるで・・・
俺「・・・べ・・・ベッカムじゃん・・・」
隣で達也が噴き出した。
鏡の中の俺の目に光が戻っていく。
俺「ちょ、これベッカムみたいじゃん!!何これ!」
俺は思わず立ち上がって鏡をのぞき込んだ。
俺「えーーーすごーーい!!全然いけるじゃん!!」
顔の角度を変えていろんな方向から見てみる。
広くでたオデコが、ハゲというよりむしろ男らしい。
物心ついてから、今までこんなに短い髪型には挑戦したことがなかったが、
びっくりするほど似合っていた。
(まぎれもなくイケメンだ・・・
イケメンの俺が帰ってきた!!!)
達也「いやー、そんなに喜んでもらえるなんて俺もすげー嬉しいよ。」
俺「すっごい喜んでるよ!!マジでびっくりしてる!!!!なんでなの?!全然大丈夫じゃん!!」
達也「だよね。薄毛ってさ、隠すよりいっそ見せちゃった方が目立たないんだよね。」
俺「へーーー!そうなんだ!」
達也「もちろん、人によるんだけど、君はソフトモヒカンみたいのもいいんじゃないかとおもって。」
そういえば以前、いつもの美容室に行ったとき、一度短くしようと思ったのだ。
しかしあの時は怖気づいてしまった。
俺「理想だよ・・前からこういう髪型にしてみたかったんだ!!」
俺はやっと振り向いて達也にお礼をいった。
俺「ほんとありがとう!」
達也「うん、やっと元の良い顔になったね。」
達也も満足そうにうなづいた。
帰りの電車の中、俺は楽しい妄想にふけっていた。
この髪型なら、あの服が似合いそうだ とか
ひげを生やしてみるのもいいんじゃないか とか、
(たかしに会ったら何ていうだろう?今度あいつにも達也を紹介してやらなくちゃ…)
口元が自然とゆるむ。
駅を歩いている時も、ガラスや鏡の前を通るのが楽しくて仕方なかった。
こんな気持ちになったのは久しぶりだ。
ふと改札を出た時、手に何も持っていないことに気が付いた。
そういえばランチをしたテーブルに帽子を忘れてきてしまった。
美幸ちゃんとのデートで購入した思い出の品だ。
美幸ちゃんと最後にあった日のことを思い出す。
『どうして何も言ってくれないの?』
と美幸ちゃんは言っていた。
その言葉を俺はただ「別れの理由を俺のせいにしたいのだ」と思っていた。
だけど、それは思い違いだったのかもしれない。
今思えば、薄毛のことで俺は自信を無くし、すっかり心を閉ざしてしまっていたのだ。
言いたいことを言えなかったり、些細な言葉にひどく傷ついていた。
別れ話をされた時も、自分の気持ちとは裏腹に、ただうなづくしかできなかった。
心変わりをしたのは彼女だったが、それよりも前に態度を変えていたのは自分だったはずだ。
薄毛のことを気にするあまり、俺は今日まで自分らしさを見失っていた。
美幸ちゃんはそんな俺に愛想をつかしたのだ。
今更ではあるが、ようやく俺は美幸ちゃんとの別れに納得のいく答えを見つけることができた。
俺はすっとスマホを手にして電話をかける。

相手は美幸ちゃん・・・ではなくランチをした店だ。
俺「あ、すみません、昼に食事をしたのですが帽子を置き忘れてしまって…」
帽子はちゃんと店で待っていてくれた。
俺は月曜に必ず取りに行くと伝えて電話を切った。
俺は家への道を歩き始める。
帰ったら真っ先にたかしと忠義に連絡をして飲みに行こうと声をかけるつもりだった。
今の髪型に会う服やヘアアレンジも考えなくてはならない。
スーツの着こなしも、今までとは変える必要があるだろう。
そして、今後の薄毛対策についても、知識を仕入れておきたかった。
達也のおかげで今は薄毛だとわかりにくい髪型になった。
しかし、またいつ薄毛が進行してしまうとも限らない。
毛量が変われば、この髪型も似合わなくなる日が来るかもしれないのだ。
そんな時、自分らしさを失わないためにも、俺は戦い続けなくてはならない。
薄毛になったことを呪い、塞ぎこんでしまうよりも、
薄毛対策をしながらM字ハゲと戦っていくことの方がずっと自分らしい答えだった。
ひんやりとした秋の風が俺の頭皮をくすぐっていく。
それがまた、髪型を変えて生まれ変わった実感を強く感じさせてくれた。
(だって俺はイケメンだし、これからもそうでありたいもんな)
俺の戦いは今、ここから始まったばかりなのだ。
完
繁華街を歩いて角を2~3つ曲がると
1階がガラス張りで中が見渡せる大きな店が現れた。
どうやら2階建てのビルすべてが美容室のようだ。
店の中央には白くてモードを思わせる螺旋階段があり、
それが2階へと続いている。
中に入ると途端に達也は店員の振る舞いになった。
アシスタントらしき女の子が何か聞くと、短く答えてカウンターにつく。

その仕草は頼もしく、貫録さえ感じさせた。
受付を済ませると颯爽と歩く達也に導かれて例の螺旋階段を上がる。
そこはにぎやかで開放的な1階とうって変わって、落ち着いたラウンジ風の空間になっていた。
エスニックを思わせるブラインドやカーテンが個室を作り出している。
それぞれの部屋には違ったインテリアをおきつつも、全体には統一感がある
なんともお洒落な空間だった。
俺はどうやら一番奥の部屋に招かれるようだった。

さっとカーテンをひくと達也は振り向いておどけてみせる。

心底楽しそうだ。
緊張していた俺は少しだけ力を抜くことができた。


そういいつつ、達也は手を休めない。
俺を椅子に座らせるとてきぱきと準備を進めていた。

美容師はそういうの慣れっこだよ。そういう人が別に変だとも思わないし。」


そうなったらなったで、それに合ったスタイルで勝負すればいいんだもん。」




達也からは「自信」があふれている。
どうせもう禿げているんだし、好きにしてくれ と半ば投げやりな気持ちで身を任せることにした。
俺はぼんやりと鏡を見つめる。
なんだか以前とは別人のようだ。

俺はため息をついて視線を下に向けた。
あまり鏡を見ていたくない。
美幸ちゃんと付き合い始めたころは鏡を見るのが楽しくてしかたがなかった。
お洒落も、遊びも仕事も、自信をもっていられた。
大企業に勤めているわけではないし、給料も人並みだったけど、
それでも最高に楽しい人生を歩んでいると思っていたのだ。
でも今はそんな風に思えない。
服を選ぶのも億劫で、友達からの誘いもつい断ってしまう。
スマホを使うのはもっぱら暇つぶしのゲームをしたり、時間をみたりする時だけで
TwitterやlineなどのSNSを起動することすらしなかった。
何もかも、このM字に薄くなっていく頭のせいだ。
(こんな頭でなかったら、俺は今も…)
暗い考えが頭を支配していく、最近ついついネガティブなことばかり考えすぎてしまうのだった。

達也の声でハッと我に返る。
いつの間にかカットが完成していたようだった。
目を上げると、鏡の中に見たこともない自分がいた。




恐る恐る手を髪に触れる。
鏡の中の自分の手も髪にふれている。
やはりこれは自分自身のようだ。
鏡の中の自分はトップを長めに残したベリーショートになっていた。
M字を必死で隠していた前髪は上を向いて後ろになびいている。
額が完全にあらわになっていた。
その姿はまるで・・・

隣で達也が噴き出した。
鏡の中の俺の目に光が戻っていく。

俺は思わず立ち上がって鏡をのぞき込んだ。

顔の角度を変えていろんな方向から見てみる。
広くでたオデコが、ハゲというよりむしろ男らしい。
物心ついてから、今までこんなに短い髪型には挑戦したことがなかったが、
びっくりするほど似合っていた。
(まぎれもなくイケメンだ・・・
イケメンの俺が帰ってきた!!!)





そういえば以前、いつもの美容室に行ったとき、一度短くしようと思ったのだ。
しかしあの時は怖気づいてしまった。

俺はやっと振り向いて達也にお礼をいった。


達也も満足そうにうなづいた。
帰りの電車の中、俺は楽しい妄想にふけっていた。
この髪型なら、あの服が似合いそうだ とか
ひげを生やしてみるのもいいんじゃないか とか、
(たかしに会ったら何ていうだろう?今度あいつにも達也を紹介してやらなくちゃ…)
口元が自然とゆるむ。
駅を歩いている時も、ガラスや鏡の前を通るのが楽しくて仕方なかった。
こんな気持ちになったのは久しぶりだ。
ふと改札を出た時、手に何も持っていないことに気が付いた。
そういえばランチをしたテーブルに帽子を忘れてきてしまった。
美幸ちゃんとのデートで購入した思い出の品だ。
美幸ちゃんと最後にあった日のことを思い出す。
『どうして何も言ってくれないの?』
と美幸ちゃんは言っていた。
その言葉を俺はただ「別れの理由を俺のせいにしたいのだ」と思っていた。
だけど、それは思い違いだったのかもしれない。
今思えば、薄毛のことで俺は自信を無くし、すっかり心を閉ざしてしまっていたのだ。
言いたいことを言えなかったり、些細な言葉にひどく傷ついていた。
別れ話をされた時も、自分の気持ちとは裏腹に、ただうなづくしかできなかった。
心変わりをしたのは彼女だったが、それよりも前に態度を変えていたのは自分だったはずだ。
薄毛のことを気にするあまり、俺は今日まで自分らしさを見失っていた。
美幸ちゃんはそんな俺に愛想をつかしたのだ。
今更ではあるが、ようやく俺は美幸ちゃんとの別れに納得のいく答えを見つけることができた。
俺はすっとスマホを手にして電話をかける。

相手は美幸ちゃん・・・ではなくランチをした店だ。

帽子はちゃんと店で待っていてくれた。
俺は月曜に必ず取りに行くと伝えて電話を切った。
俺は家への道を歩き始める。
帰ったら真っ先にたかしと忠義に連絡をして飲みに行こうと声をかけるつもりだった。
今の髪型に会う服やヘアアレンジも考えなくてはならない。
スーツの着こなしも、今までとは変える必要があるだろう。
そして、今後の薄毛対策についても、知識を仕入れておきたかった。
達也のおかげで今は薄毛だとわかりにくい髪型になった。
しかし、またいつ薄毛が進行してしまうとも限らない。
毛量が変われば、この髪型も似合わなくなる日が来るかもしれないのだ。
そんな時、自分らしさを失わないためにも、俺は戦い続けなくてはならない。
薄毛になったことを呪い、塞ぎこんでしまうよりも、
薄毛対策をしながらM字ハゲと戦っていくことの方がずっと自分らしい答えだった。
ひんやりとした秋の風が俺の頭皮をくすぐっていく。
それがまた、髪型を変えて生まれ変わった実感を強く感じさせてくれた。
(だって俺はイケメンだし、これからもそうでありたいもんな)
俺の戦いは今、ここから始まったばかりなのだ。
完
2016年02月03日
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