2話 : 日常と仲間

 「何だよそれ・・・」


クライアントからのメールをみて思わず声に出してしまっていた。



今日は月末の金曜日、上司の百地さんに今週の報告書と次期の計画書を提出する日だった。



なのに見込んでいた売上をクライアントが先延ばしにしているばかりか、
別で進行しているプロジェクトをキャンセルしたいと言い出したのだ。



しかも、担当者のやり方が気に食わないなどとクレームのオマケ付き。



担当者はもちろん俺。


クライアントの方は、元々俺を気に入って仕事をくれた美人なオバ様から
頭のてっぺんが見事に禿げてくたびれた中年男性になっていた。



男の中には時々ものすごい嫉妬をむき出しにしてくるやつがいて困る。

このクライアントもそういうタイプだった。


仕方なく売上も計画も薄っぺらくなってしまった書類を持って百地さんに近づく。


元々寡黙な人だけど、今日は一層押し黙っている。
クライアントから直接何かクレームを聞いているのかもしれない。

俺の報告書を待つためだけに残業しているのだ。


 (先に帰ってくれていいんだってば・・・)


俺の否を問いただすために残業しているに違いない。

目の奥が重くなり、胸が苦しくなった。


俺って意外とストレスに弱いんだよね。



 「お待たせしました。報告書です。」


 「ん。」


 「あの、すみません。●●様の方からご要望がありまして、結果的にこことここは削らざるおえない状況で…」

 「聞いている。」

 「はい…、あの、正直、次のサンプルまでもう少し時間をいただければなんとかなったんですが…」

 「ああ、そうかな。しかし結果的にはなんともならないわけだ。そうだろ? 俺に向かって言い訳するな。」


手足が冷たくなって、逆に顔がカッと熱くなるのがわかった。

百地さんの言うことは確かに間違えてはいない。


けれど、あまりにも突然のことに、俺だって驚いていたところだったのだ。
時間的にもフォローする余地はなかった。



 (なんだよもう~~~!!!ベジータめ!!!)



心の中で叫んだ。



百地さんは誰が見ても納得のM字ハゲだ。
きっと他人の欠点ばっかり探して見下しているから、あんなアニメみたいな禿げ方するんだと思う。



とりあえずそこにいても拉致があかないのでさっさと謝って、百地さんが帰る前に会社を後にした。


今日はこないだの合コンの男メンバーで報告会なんだ。



居酒屋に入ると、忠義と隆史はすでに飯を食い終えていた。


 「ごめん遅れた。」

 「おー、おつかれー」

 
「いや、もうマジ、あの会社やめたくなるわホント。」



 「まあまあ、あんまりキレるなよ。ハゲるぞ。」

 「ハゲはうちの上司なんだって、あのベジータ野郎」

 「ベジータってwwwwおいwwwやめとけよwwwそのあだ名は分かりやすすぎるだろww」

 「…あ、すみません、生3つー」


忠義が笑ってくれたおかげで俺の気持ちはちょっと和んだ。

隆史が頼んでくれた生ビールでとりあえず乾杯した。
金曜日だからか隆史もなんとなく疲れた顔をしている。


近況報告によると、
隆史は相変わらず新卒から働いているデザイン事務所で残業三昧の日々を送っているらしい。

最近は特にゴールデンウィークに向けた駆け込み需要で大変なのだとか。
今日も飲んだあとまた会社に戻ると言っていた。



忠義は持ち前の要領の良さを発揮して転職活動中だという。


 「いいなあ、忠義は。俺も転職したいぜ。」

 「先のこと考えたら、今しかないと思ってさ。お前もそろそろ考えろよ。」

 「だな。」


ふと隆史を見ると机に突っ伏して寝てしまっていた。



 「おいおい、大丈夫かよこいつ」

 「大変そうだよな。でも楽しいみたいだぜ?最近テレビでやってる●●のパッケージ、こいつが出したんだってさ。」

 「マジで?!すげえじゃん。いいなー俺も…」


そんなやりがいのある仕事に就きたい…そう言いかけた時、ふと隆史のずれたニット帽が目に入った。


毎日忙しくて髪をセットする暇もないから、せめてオシャレに見せようとニット帽をかぶっているのかもしれない。
しかし今はそのニット帽が髪を持ち上げてしまったために、生え際が随分後ろに見える。



 (この感じ、どっかで見たことあるような…)


そんなおかしな髪型のために余計疲れた寝顔になっているようだった。

 
「俺たちも年とってくんだなー」


思わずそんな言葉をこぼした。


俺の寝顔もこんなに老け込んだ顔になってないかとすこし心配になったのだ。


結局、俺たちは合コンの話なんか少しもせずに、
いつの間にか先の見えない未来のことばかりを話しこんでいた。

<続く>

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